「救える命であった」――千葉県の女の子虐待死事件、検証報告書まとまる

千葉県野田市で2019年1月に小学4年生の女の子が親から虐待を受けて死亡したとされている事件で、行政の対応を検証していた県の第三者委員会の報告書がまとまりました。
報告書は、行政機関の一連の対応が不十分で、女の子は「救える命」だったと指摘しています。

報告書は11月25日に千葉県知事に提出され、千葉県ホームページで公開されました[1]。
NHKニュースなど報道各社が報じました[2a-2e]。


画像はイメージ。/ 社会で子育てドットコム編集部

この事件では、父親が女の子に食事や十分な睡眠を取らせずに衰弱させ、暴行を加えて死亡させた疑い(傷害致死罪)と年末年始に負傷させた疑い(傷害罪)で起訴されました。
母親は傷害幇助罪で起訴されて、有罪判決が確定しています。

報告書の結論

第三者委員会は、福祉や医療、法律などの専門家で構成され、児童相談所(児相)や、学校などの関係機関等の一連の対応について検証しました[1]。

この事件は、小学校のアンケートで、女の子が父親からの暴力を訴え、「先生、どうにかできませんか」と書いたことが発端となりました[3c]。
この点について報告書は、「本人がこうした訴えをすることは稀であり、勇気を持って訴えた本児は、何としても守られるべきだったし、救える命であった」としました。

また、一時保護に至る過程については、児相や市の担当者に「基本ルールが徹底されておらず、適切な対応がなされていなかった。それが以後の支援にさまざまな齟齬を生じさせる要因の一つとなった」としました。

一時保護した後の対応については、「ミスがミスを呼び、アセスメントやリスク判断が不十分なまま一時保護が解除され、在宅での支援に際してもそれらが修正されず、漫然と推移した末に痛ましい結果を招いたと言わざるを得ない」としました。

報告書は、こうした問題の背景に「さまざまな課題が重層的に絡んでいた」としました。委員長の川崎二三彦氏によると、職員の記憶の薄れや児相の記録不備があったため「背景の断定はできない」とのことです[2f]。
その一方、報告書は不十分な対応がとれられた要因として「急増する児童虐待通告への対応」の中で「人員増を含む体制強化が追いつかず、人材育成は後手に回」っていることに言及しました。

児相については「個々の職員は基礎的な知識を得る間もなく日々の対応に追われ、原則的な対応すら守られない状況」で、「人員は足らず、経験は不足がち、スーパーバイズも十分機能せず、所内での時宜にかなった検討も不十分で、得られた情報が生かされず、組織としての適切な判断がなされない状態が続いていた」としています。

また市については、関係機関の連携を取り仕切る「要保護児童対策地域協議会」(要対協)の調整機関を担っていたものの、要対協で取り扱う事例数が「現状における市の対応力を超えており、適切に進行管理しきれなかった」としました。また、「専門性も不足していた」とし、最終的に「市としての主体性やネットワークの力を発揮することができなかった」としています。

報告書は、「自ら救いを求めてきた本児の命が失われたことの重みを、学校・教育機関を含めて児童虐待にかかる県内全ての関係機関、全ての職員が真摯に受け止め、本答申も活用しながら、得られた教訓を今後に生かすよう望みたい」と締めくくられています。

報告書は千葉県ホームページにて公開されています

報告書の提言(要点)

  • 児相や関係機関において、全職員に対して児童虐待事案への対応における基本を再度周知・徹底すること。
  • 児相や関係各機関職員の虐待事案への対応力を高めるため、職員の研修機会を保障し、研修の充実・強化を図ること。
  • 児相の業務執行体制の強化(人員・組織体制)を図ること。
  • 市町村要対協の強化、関係機関との連携を強化すること。
  • 県民に対する広報、啓発に努めること。

事件の詳しい経緯

児相が女の子を一時保護したのは、女の子が亡くなる1年以上前の2017年11月。
小学校のアンケートで、女の子が「お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときにけられたりたたかれたりしています。先生、どうにかできませんか。」と書いたことが発端でした[3c]。

一時保護の間に、女の子は「父親にズボンを下ろされた」などと説明し、性的虐待の疑いがあることがわかった他、児童精神科医の診察により、PTSDの状態にあって家族との同居は困難との所見が示されていました[1,3b]。
しかし、児相は一時保護を解除して家庭訪問や通所指導による「継続指導」に切り替えました。援助方針を協議するための所定の会議を開かず、担当者レベルで決めていたとみられます[1]。
一時保護解除の条件として、女の子は祖父母宅で生活することになりました。

その後、父親は小学校を訪れて「訴訟を起こす」などと強い口調で迫り、保護の発端となったアンケートを開示するよう求めました[3a]。
「本人の同意が無ければ渡せない」と一度は追い返したものの、父親は女の子がアンケートの引き渡しに同意したとする署名入りの書面を持参して、教育委員会に詰め寄りました。
最終的に、教育委員会の職員はアンケートのコピーを渡していました。

また、児相が祖父母宅を家庭訪問した際、父親は一時保護や継続指導などに対して不満を訴え、「これ以上家庭を引っかき回すなら職員個人を名誉毀損で訴える」などと迫りました[3a]。
さらに父親は、女の子が「家に帰りたい」「児相職員と会いたくない」などの内容を書いたとする「手紙」を示し、女の子を自宅に連れて帰ることを要求[1]。
結果的に、女の子は2018年3月に祖父母宅から自宅に戻っていました。
同月、児相は小学校で女の子と面接し、父親のもとに戻ったことや、「手紙」を父親に書かされたことを確認しました[1]。

2018年5月、市は小学校、児相と共に要保護児童対策地域協議会(要対協)の個別ケース検討会議を開き、女の子について小学校で見守りを継続することなどを確認しました。3月の面接以降、児相が直接面接することはありませんでした[1]。

その後、女の子は夏休み明けに1週間学校を休んだ後、元気に登校するようになったものの、冬休み明けに再び学校に来なくなります[1]。
学校には2回とも「沖縄県にある母方の実家にいて、学校を休む」と連絡がありましたが、沖縄滞在は嘘だったことが母親の裁判で明らかになっています[1]。
2018年の年末年始に、女の子は父親から暴行を受けて胸の骨を折る大けがをしていた可能性がある他、母親も元旦の頃に暴力を受けていたとして、検察は父親を起訴しています[3c]。
この冬休み明けの長期欠席の際、関係機関が沖縄県の母方実家に女の子がいることを確認したり、女の子の自宅を家庭訪問したりはしていませんでした[1]。

年末年始の頃から虐待がエスカレートしたとみられます。
母親の裁判では、父親は女の子が亡くなる数日前から、リビングの隅にずっと立たせる、十分な食事や睡眠を与えない、トイレに行くことを認めない、風呂場で冷水を浴びせる、暖をとらせないなどの虐待をしていたと指摘されました[3d]。

1月24日夜、父親が 110 番通報し、駆け付けた救急隊が浴室で倒れている女の子を見つけ、死亡を確認しました。
父親は女の子への傷害容疑で逮捕され、女の子に食事や十分な睡眠を取らせずに衰弱させ、暴行を加えて死亡させた疑い(傷害致死罪)と年末年始に負傷させた疑い(傷害罪)で起訴されました。
父親の裁判は2019年11月の時点でまだ始まっておらず、今後の裁判で新事実が明らかになる可能性があります。

DVと虐待

母親は父親の暴行を止めなかったとして傷害幇助罪で起訴され、懲役2年6月、保護観察付き執行猶予5年の刑が確定しています。
一方で、父親の起訴内容の一部において、母親は暴行を受けた被害者となっています。

事件の発端となったアンケートから更に数ヶ月前の2017年夏には、母方の親族が「母親がDVを受けている」と沖縄県の自治体に相談していました[3c]。
また、女の子が一時保護された際の面接で、母親は虐待があったことを一部認めた他、自身へのDVも「ないわけではない」と話していたということです[3c]。

母親は父親(夫)から暴力やモラルハラスメント(言動や態度といったモラルによる精神的な苦痛を相手に与えること)による支配を受けていたとみられ、虐待とDVの関係が事件の焦点のひとつとなりました。

判決は、母親について「手を差し伸べられる唯一の監護者であり、助けを求められていたのに、家族の存続を考えて目を背け、夫に迎合していた」と厳しく指摘する一方、「精神的に脆弱で迎合的な性格なうえ、夫の圧力も相当で逆らうことができなかった。積極的に虐待を望んでいたとは言えない」として執行猶予を付けました[3e,3f]。

参考文献

  • [1] 千葉県健康福祉部「児童虐待死亡事例検証報告書(第5次答申)について」2019年11月25日付、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [2a] 毎日新聞「「リスク判断、不十分」「救える命だった」 野田・女児虐待死で検証委報告書」2019年11月25日、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [2b] 日本経済新聞「行政機関、対応ミス連鎖 千葉女児虐待死で県検証委」2019年11月25日、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [2c] 朝日新聞「千葉女児虐待死「救える命」 検証委、県や市の対応批判」2019年11月25日、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [2d] 産経新聞「千葉・野田小4虐待死事件 県検証委報告書公表 「教訓、今度こそ生かせるか」」2019年11月25日、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [2e] NHKニュース「「救える命だった」女児虐待死で県第三者委が報告書 千葉 野田」2019年11月25日、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [2f] 共同通信「千葉小4死亡で検証委員長が会見 「虐待対応の基本なされず」」2019年11月25日、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [3a] 毎日新聞「千葉女児虐待死 父親の“圧迫”に押され…学校、市教委、児相が不適切対応」2019年2月13日、2019年2月14日閲覧( リンク
  • [3b] NHKニュース首都圏版「女児虐待死“性的虐待”の診断も」2019年5月14日、2019年5月14日閲覧( リンク
  • [3c] NHKニュース「小4女児虐待事件 母親が起訴内容認める」2019年5月16日、2019年5月17日閲覧( リンク
  • [3d] 産経新聞「凄惨な虐待、最後は服ぬぐ力もなく…千葉小4虐待死母親初公判」2019年5月16日、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [3e] 時事通信「母親に猶予付き有罪=「夫に迎合、暴力放置」-小4女児虐待死・千葉地裁」2019年6月26日、2019年11月27日閲覧( リンク
  • [3f] 朝日新聞「「社会で反省の日々を」 心愛さん母、裁判長の言葉に涙」2019年6月26日、2019年11月27日閲覧( リンク
社会で子育てドットコム編集部
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