「母子生活支援施設」は、様々なトラブルに見舞われた母子家庭が入所し、安定した生活をスタートできるよう準備をする場所です[1]。
前編に引き続き、東京都内にある「母子生活支援施設ベタニヤホーム」を訪れ、施設長をはじめとする職員の方々にお話しを伺いました(全2回記事・後編)。
育ちの連鎖
――前回の記事で、母子生活支援施設に入所してくる理由のひとつがお母さんの心理的問題だ、というお話がありました。具体的にどういった問題でしょうか?
母子生活支援施設ベタニヤホーム施設長(以下、施設長)「入所してくる方に共通してみられるのは、お母さんの生育歴から来る心理的な問題です。
お母さんたちは、幼少期に適切な親子関係を築けていません。必ずしも身体的な暴力とは限りませんが、親からの虐待ですね。お母さんたちから出てくるエピソードは、『いかに苦しい思いをしながら、子ども時代を生き抜いてきたか』というものが多いんです。」
心理療法担当職員(以下、心理担当)「お母さんの中に『適切なケアを受けられなかった子ども時代の自分』がいるので、子どもを通して自分自身の子ども時代を思い出してしまい、イライラや不安の原因になるんですね。」
施設長「施設職員が手厚く子どもの世話をしていると、お母さんがヤキモチを焼いてしまう、ということもあります。」
――自分もそんな風に育ててほしかった、ということですね。
施設長「もともとは母子がDV被害で受けた心の傷をケアするために、心理担当職員が配置されるようになりました。
しかし、実際にはお母さんの抱える心理的問題は単なるDV被害よりもっと複雑で、生育歴、対人関係、離婚、経済的な困窮、子育てへのイライラなど、いろいろな問題が絡みついた状態でここにやってきます。
様々なトラブルで疲れ果ててしまったお母さんたちをトータルで支え、生活再建を目指すのが母子生活支援施設の役割です。」
子どもへの支援
――「母子」生活支援施設という名前なわけですが、子どもへのケアについてもお伺いします。
施設長「そもそも、母子生活支援施設は児童福祉施設と位置づけられています。お母さんが大変な状況だとしても、子どもがお母さんと同じ経過を辿らないようにサポートすることが最も大切でしょう。虐待以外にも、お母さんの社会経験の乏しさなどがそのまま子どもに引き継がれないように、子どものことをしっかり見てあげる必要があります。
子どもの権利を守る児童福祉施設として、まずは次世代の担い手である子どもを支える役割があって、そのために子どもの親を支える必要がある、という理解になるでしょうか。母と子の両方をケアしていて、どちらかに重きを置いているわけではないです。」
心理担当「子どもにも、必要に応じて心理面・健康面のケアを行います。心理面接室でカウンセリングやプレイセラピー(遊戯療法)をしています。
母子生活支援施設に限らず、児童養護施設や里親でもそうですが、虐待を受けた子どもをどうケアして、どう虐待の連鎖を止めていくか、が大きな課題だと感じています。
お母さんが日々の生活に追われている中、子どもに対する振る舞いを変容させるのは、簡単ではないのですが。」
――「虐待する親が常に加害者」という見方は一面的なもので、親と子どもが両方とも被害者の場合もある、という視点は大切ですね。
心理担当「母子を支える仕事をしていると、世の中が大人に対して厳しいなという印象を受けます。『これくらい出来て当たり前』といったような…。
でも、子どもの頃の傷は大人になったからといって自然に癒えるものじゃないし、そこを手当してあげないと次世代がまた傷ついてしまう。
だからこそ、親子セットで心理的ケアをする意義があると思うんです。そこは多くの人に知ってほしいと思います。」
母子を一緒にケアする意義
――母子生活支援施設は、保護が必要な子どもを入所させるという意味では、児童養護施設・乳児院などと同じ役割を担っています。その一方で、母子生活支援施設は母子をセットで受け入れるという点が、他の児童福祉施設とは一線を画していると思います。子どもだけが入所して生活する施設と比べて、「母子」に支援をするメリットは何だと思いますか?
施設長「お母さんがどんなトラブルを抱えていようと、子どもにとってお母さんからの愛情がかけがえのないものであることに変わりありません。子どもが親と一緒にいることで得られる安心感は、施設職員がすべて補えるものではないと感じています。」
心理担当「先ほども少し言いましたが、母子の関係を間に入って調整できるのは、母子生活支援施設ならではのような気がします。お母さんの子どもに対する 接し方や、子どもがお母さんに自分の意志を伝える方法を一緒に試行錯誤することができるんです。
親子が分離や再統合をめぐって二重、三重に傷つかなくてすむように、親子関係を継続しながら調整ができることはメリットだと思います。」
――逆に、母子を一緒にケアすることの難しさはありますか?
心理担当「母、子、職員の三者の関係だからこその難しさはあります。
例えば職員とお母さんで言っていることや接し方が違うと、子どもがどう受け止めていいかわからず、混乱してしまうことがあります。
それから、お母さんが子どもに上手に接してあげられない時に、『私は職員さんみたいに上手くできないから』と劣等感を持ってしまうこともあります。」
施設長「お母さんが子どもに好ましくない関わり方をしている時に、職員が止めるように助言しても、お母さんに聞き入れてもらえないことがあります。
『母子』への支援ですから、お母さんの意向を無視はできません。職員から子どもへの直接支援だけで完結しているわけじゃないのが、難しいところですよね。
でも、子どもの抱える問題は実は親の問題でもあり、両方に同時介入できるメリットはあります。それができるのが母子生活支援施設のユニークなところです。
子どもの育ちを守る、子ども虐待を防ぐという観点からも、こういう施設があるんだ、という認識が広がってくれればと思っています。」
児童虐待の虐待者(加害者)の内訳
平成29年度に児童相談所が取り扱った虐待事案のほぼ半数が、母親によるものでした。
(件数は身体的・心理的・性的虐待とネグレクトを合わせた数です。)
母子生活支援施設からの発信
――最後に、母子生活支援施設がこれから取り組むべき課題についてお聞かせください。
施設長「母子生活支援施設は利用者が減ってきているんです。母子世帯を取り巻く社会環境、経済環境が良くなっているのならいいですが、入所している人の状況などを見る限り、必ずしもそうではなさそうです。」
――困っている母子世帯が助けを求めてこない原因は何でしょうか。
施設長「行政や施設が『DVシェルター』ということをちょっとアピールしすぎたのではないかと思っています。
DVシェルターという位置づけが強まるほど、母子生活支援施設は世間から隠れなきゃいけない。隠れるということは情報発信が弱まるということで、そうするとDV以外の理由で支援を必要としている世帯に、母子生活支援施設の存在が伝わりにくくなります。
根っこの問題が経済的なものだとしても、それでお母さんが子育てに行き詰ってしまっているのであれば、 母子生活支援施設を利用していいんです。
都内の母子生活支援施設はどこも子どもの年齢が小さくて、乳幼児が大半を占めるようになっています。でも、中高生がいる世帯だって教育費や食費がかかりますから、本当はニーズがあるんじゃないでしょうか。ひとり親で育ったからといって子どもの将来を諦めさせない、子どもの将来の選択の幅を広げたい、そのために母子生活支援施設を利用して、学習支援を受けながら生活するという形だってあると思います。」
――今回のインタビューで、母子生活支援施設がDVシェルター以外のたくさんの側面を持っていることがわかりました。母子生活支援施設をどう社会に認知してもらうか、そして私たちはどう認知するか、これが大切なポイントかもしれません。
施設長「母子生活支援施設には母子をセットで支援するためのノウハウの蓄積があります。お母さんが社会経済的な課題を解決するための手助けもできます。こうしたノウハウが子ども虐待防止や貧困の連鎖といった社会課題の解決に活かされないのはもったいないと思うのです。
DV被害の有る無しに関わらず、本当に困っている人に母子生活支援施設の存在を知ってもらうことが今後の課題です。施設側も変わらないといけませんね。」
――母子生活支援施設ベタニヤホームの皆様、どうもありがとうございました。
社会で子育てドットコム編集部
「社会で子育てドットコム」編集部では、虐待や経済的事情などの理由により親と暮らせない子どもたちを中心に、児童福祉についてニュース紹介や記事の執筆をしています。NPO法人ライツオン・チルドレンが運営しています(寄付はこちらから→ https://lightson-children.com/support/#donation )。
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