東京都内の各区市町村では10月から11月にかけて養育家庭体験発表会(里親体験発表会)が開催されています。
(※厚生労働省が「養育里親」と呼んでいる制度を、東京都は「養育家庭」と名付け、さらに「ほっとファミリー」という愛称をつけています。この記事では「養育家庭」の名称に統一します。)
この体験発表会は、都内で養育家庭(里親)をしている方から直接お話を聞ける貴重な機会ですが、メディアの取材が入ることは少ないということです。
「社会で子育てドットコム」では今回、児童相談センター(児相センター;都の中央児童相談所)に許可を得て、10月28日に行われた中央区の体験発表会の様子を取材させていただきました。

中央区教育センター。東京メトロ築地駅から徒歩5分。/ Photo by 社会で子育てドットコム編集部
会場は中央区の教育センター5階の視聴覚ホール。同じ建物で「中央区健康福祉まつり」が開催中で、子連れからお年寄りまで多くの人で賑わっていました。
発表会には35人程度が参加していました。この会場は事前申込が不要なので、お祭りに来た人も気軽に参加できるセッティングになっていました。

養育家庭体験発表会の受付。この会場では事前申込が不要でした。/ Photo by 社会で子育てドットコム編集部
養育家庭の必要性
発表会ではまず、児相センターの担当課長から「なぜ今、養育家庭が求められているのか」について、以下のような説明がありました。
「虐待などの理由で親と一緒に暮らせない子どもを保護した場合、できるだけ家庭に帰したいけれど、帰せない状況の子どももいます。
家庭に帰せない場合は、なるべく家庭に近い環境で育てるべきとされており、より家庭に近いのは施設よりも養育家庭(里親)なので、都として養育家庭を推進しています。」

児童相談センター職員による制度説明。/ Photo by 社会で子育てドットコム編集部
続いて児相センターの担当者から養育家庭制度について説明がありました。
里親制度と児童養護施設・乳児院の位置づけ、養育家庭と養子縁組の違い、里子への真実告知の大切さ、養育家庭になる条件などが紹介されました。
養育家庭体験発表
今回、壇上でご自身の養育体験を発表してくださったのはMさん(女性)。
2歳から養育している小学生の女の子、さらに今年の秋には2人目となる幼児年齢の男の子を受託され、現在では夫婦と里子の4人で暮らしておられるということです。

壇上でご自身の養育体験を語るMさん。/ Photo by 社会で子育てドットコム編集部
今回の発表では、1人目の里子、Aちゃんの場合に絞って、「養育家庭になったきっかけ」「里子との引き合わせ・交流」「委託後の生活」についてお話されました。
「子育てに関わりたい」
Mさんは結婚後、子どもに恵まれなかった時に、
「子どもが欲しい理由を自問自答した結果、答えは『実子にこだわりなく、子どもを育ててみたい、子育てに関わってみたい』」
ということに気がつかれたそうです。
ちょうどその頃、Mさんはお母様から東京都の養育家庭(里親)制度の存在を教えられました。
「早速、インターネットで制度の内容を確認して、体験発表会に参加し、発表者から実情を聞いてみました。」
その後、Mさんはご主人と相談したうえで養育家庭に申し込み、研修を経て約10年ほど前に養育家庭に登録されました。
里子候補とじっくり交流
Mさん夫婦が里子として希望したのは、幼児で、長期間預かって養育できるということでした。
幼児を希望した理由は、「子どもを育てた経験がないので、思春期のお子さんは難しいし、幼少期から関わった方が、関係を築きやすいように思えたから」とのこと。
登録後すぐに里子の委託が来るとは期待していなかったそうですが、実際には登録から3ヶ月程度で、児相センターから1歳の女の子の紹介を打診されました。
候補となったAちゃんについて説明するため、児相センターの相談員がMさんの自宅を訪問しました。
「相談員様から見せていただいたAちゃんの写真は、やっと立っちができた満1歳のお誕生日の写真でした。
満面の笑顔が愛くるしいこの子を家に迎え入れることができるのは、夢のように思いました。」
引き合わせを希望したMさん夫婦は、Aちゃんと実際に会ってみることになりました。
Mさん夫婦は相談員と一緒にAちゃんが暮らす乳児院を訪れました。
「親戚でも乳幼児を育てている家族がなく、初対面はどのように接したら好印象を与えられるか見当がつかないまま、引き合わせ当日になってしまいました。」
「ドキドキしながらプレイルームに行ってみると、Aちゃんは他の子どもたちと無邪気に遊んでいました。
初対面の私たち夫婦、そのうえ相談員様等、見慣れない大人たちがゾロゾロ現れて、泣いてしまうかと思いましたが、Aちゃんはこちらの様子を伺いながら、少し緊張した様子で遊んでいました。」
そして、いよいよAちゃんと直接面会し、交流する時間がやってきました。
「乳児院の職員はほとんど女性なので、主人が接するのは難しいかと心配していましたが、Aちゃんは主人を見つけて、近寄ってきました。
そして、自分で遊んでいたおもちゃを主人に持ってきて、遊びたがっている様子でした。」
Mさんの中で、Aちゃんを育てていくことへの戸惑いが消えた瞬間でした。
その後、Mさん夫婦とAちゃんは、時間をかけて交流を深めていきます。
- 1週間に3回の面会(平日の午前中や、週末の空いている時間帯)
- 平日に面会、週末は一緒に外出
- 平日に面会、週末はMさん宅にお泊まり
- Mさん宅に長期間お泊まり
このような丁寧な交流期間が約8ヶ月間続きました。
Mさんは会社勤めをしていて、夫婦共働きでした。
しかし、子どもとの交流する間は、平日の日中も乳児院に面会に行くなどする必要がありました。
会社の上司や同僚に事情を前もって話してあったので、面会交流のために会社を休むことについても理解があり、業務に大きな支障はきたすことなかったとのことです。
子育てと仕事の両立
こうして交流を終えたMさん夫婦は、委託に向けた準備を始めますが、子育てと仕事の両立というハードルに直面します。
東京都の場合、里親は「主な養育者」と「養育の補助者」という2人の成年者が必要で、基本的には夫婦がこれに当てはまります。
そして委託が始まった直後は、里子が家庭環境に慣れるまで最低1ヶ月くらいの間、「主な養育者」が子育てに専念することが望まれます。
Mさん夫婦の場合、「主な養育者」はMさん自身でした。
しかし会社の規定では、育児休暇や時間短縮勤務(時短)の取得は「実子や養子がいる場合」のみ認められていて、里子の子育ては対象外となっていました。
Mさんは人事部に事情を説明し、「特認休暇」扱いで、委託開始日から2ヶ月間の休みを取得できました。
その次の関門は、保育園への入園です。
Mさんは、子どもが家庭環境に慣れてきたら、すぐ仕事に復帰したいと考えていました。
当初は自宅近くの区立保育園へ入園を希望しましたが、4月以外のタイミングでは難しいと言われたので、会社近くの認証保育所に申し込み、無事に入園できました。
これに合わせて、Mさんは特認休暇を1ヶ月ほどで切り上げて職場に復帰しました。
しかし、Mさんの自宅から会社・保育園までは公共交通機関を使って片道1時間ありました。
「今思うと、この頃、Aちゃんにストレスが一番強くかかっていたように思います。
私が休暇中には夜泣くことはなかったAちゃんが、保育園に通うようになるとなかなか寝付かなくなり、手足をバタバタさせて、大声で泣くようになりました。
保育所に預けられて、不安と興奮があったのか、『ママ来ない!』と泣くこともあり、私に不満を訴えているようでした。」
Aちゃんが夜中に大声で泣くので、マンションの近隣住民への迷惑も心配だったそうです。
「この家では育てられないと、何度も弱気になりました。
でも、ここでこの子が家から以前の施設に戻っても、その先は施設暮らしが続くかもしれないと思うと、『ママー、ママー』と慕ってくるAちゃんを、委託解除はできませんでした。
――結局、数週間後に状況は徐々に好転して、Aちゃんは日が経つにつれて保育所に慣れ、夜も泣かなくなりました。」

35名ほどの参加者が、Mさんの体験発表に聞き入っていました。/ Photo by 社会で子育てドットコム編集部
次の4月からは、当初希望していた自宅近くの区立保育園に移ることができました。
夫婦で協力し、朝の登園はパパ、夕方のお迎えはママ(Mさん)が担当しました。
「登園時、Aちゃんは保育園に着いてもパパと離れたくなくて、一緒に遊んでほしいとせがむので、パパはAちゃんとしばらく遊んでいたようです。そのため、クラスの活動開始時間を過ぎてしまうこともあったようです。
園長先生は、『パパが子どもの気持ちを受け止めていて、微笑ましい』と、Aちゃんとパパの様子を私に話してくれました。」
「Aちゃんはパパが大好きです。乳児院で育ったため、女性としかお風呂に入った経験がないにも関わらず、交流中からパパとお風呂に入ることに抵抗がなく、お風呂でのスキンシップを楽しんでいました。」
里子に感謝、そして周囲への感謝
Mさんは、里子を育てていることの歓びを語りました。
「Aちゃんは施設では、保育士さんなど皆様から愛情を受け、情緒豊かに育てられていたことと思いますが、親子の関係での愛情は薄かったせいか、人一倍甘えん坊さんで、私がトイレに行く時でさえ、一緒についてきていました。」
「まだまだママとしての愛情が足りないのかなぁと思ったりして、Aちゃんの名前を呼びながら、『ママのだいじ だいじだよー』と言ってぎゅうっと抱いてあげていました。そんな時には、『甘えてもらえて、とても幸せ』と子どもに感謝していました。」
ちなみに、養育家庭制度のことを最初に教えてくれたMさんのお母様はというと、交流開始の時点ではMさんが養育家庭になることに対して否定的な反応だったそうです。
「喜んでくれると思っていたのに反して、『人様のお子さんを、良い関係を築いて育てることができるのか』と否定的な反応でした。」
でも、そんなお母様も、最終的には里親になったMさんご夫婦と里子を温かく見守るようになり、今では里子も含めたみんなで旅行に行ったりしているそうです。
Mさんはこう訴えました。
「私の母のように、『人様のお子さんを育てられるのか』とは誰もが思うことですが、愛情を持って丁寧に接することで、人様のお子さんとの間でも深い関係を築くことができると信じています。
里親になってみたい方が会場にいらっしゃったとしたら、ぜひ里親になることを前向きに検討していただきたいと思います。そして1人でも多くのお子さんが、家庭で養育されることを御祈りします。」
最後に、Mさんは会社の人事部や上司・同僚、児相センター・施設職員に感謝を述べて発表を締めくくり、会場からは大きな拍手が送られました。
以上が発表会の内容です。全体で40分ほどの所要時間でした。
Mさんのお話の中で、Aちゃんとの愛着形成のプロセスが印象的だったのはもちろんですが、それを支えた周囲の理解にも注目したいと思いました。
職場の上司や同僚、人事部、保育園などが里親制度について理解し、里子・里親を支えることが大切だと感じました。
発表会は誰でも参加可能(事前申込が必要な場合も)
今回の中央区の養育家庭体験発表会には、35人ほどが参加していました。
学生と思われる若い人たちが熱心にメモをとっていたり、お母さんが幼児をあやしながら聞いていたり、ご夫婦でじっと話に聞き入っている方など、様々な参加者の姿がありました。

体験発表会の参加者には、養育家庭制度のパンフレットなどが配られました。/ Photo by 社会で子育てドットコム編集部
同じ建物の別の部屋では、中央区と児相センターによる養育家庭のブースがあり、養育家庭制度に関心がある人が個別に質問や相談ができるようになっていました。
もっと多くの養育家庭の体験を知りたい方は、東京都の担当課が毎年度発行している「養育家庭体験発表集」に様々なエピソードが掲載されています。里子の視点で書かれた体験談も載っていて、興味深く読むことができます。
このような養育家庭体験発表会は、10月~11月にかけて都内の各地で実施されています。また、他の多くの道府県でも、同様の発表の場が例年10月~11月頃に設けられています。
参加には事前申込が必要な場合があるので、各自治体・児童相談所等に確認してみてください。
養育家庭(里親)の制度を知る事も大事ですが、実際に体験した人の話を聞くことで、より理解が深まるのではないでしょうか。この機会に、ぜひ発表会にお出かけください。
以上、東京都の養育家庭体験発表会の様子をお伝えしました!
取材にご協力いただいた東京都の児童相談センターの皆さま、関係者の皆さまに御礼申し上げます。

社会で子育てドットコム編集部
「社会で子育てドットコム」編集部では、虐待や経済的事情などの理由により親と暮らせない子どもたちを中心に、児童福祉についてニュース紹介や記事の執筆をしています。NPO法人ライツオン・チルドレンが運営しています(寄付はこちらから→ https://lightson-children.com/support/#donation )。
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