児童養護施設等の子どもの「性的問題」調査結果、どう受け止めるか?(後編)――課題1位が「愛着形成」である理由

子どもの間で起こる「性的問題行動等」について、厚生労働省は全国の児童福祉施設・児童相談所などを対象に初の実態調査を行い、4月26日に結果を公表しました。
それによると、2017年度の1年間で、全国で約700件の報告があり、1,000人を超える子どもが当事者になっていました[1]。
私たちは、この結果をどう受け止めればいいのでしょうか。前編・後編に分けて詳しくお伝えします。

(調査研究報告書[1]は厚生労働省ウェブサイトにPDF形式で掲載されています。直接お読みになる場合は、冒頭の「~はじめに~」を必ず読むようにしてください。)

児童養護施設で一番の課題意識は「愛着形成が十分でない」

今回の調査は子ども間の性的な問題行動に焦点を当てたものでした[1]。

しかし、児童福祉施設が課題として挙げた項目で最も多かったのは「愛着形成が十分でない子どもの割合が増加していること」だったのです([1] 18ページ)。
児童養護施設のうち9割の施設が愛着形成の課題を挙げましたが、性に直接かかわる課題を挙げたのは4~5割程度にとどまっていました。

一体どういうことなのか。都内の児童養護施設に勤務する臨床心理士に解説をお願いしました。
「人間関係の土台となる愛着の問題と、性的な問題行動は切り離して考えることができません。性的な問題行動は、性的な知識や認識の欠如によって起こるというより、他者との関係の取り方に課題があるから起こる問題です。」


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愛着形成(アタッチメント)と性

そもそも、人の性愛の中核には「親密さ」を求める力があるといいます[2]。
ここで言う「親密さ」というのは、一体感を得ようとしてお互いに近づいていく感覚、あるいは自分と相手が境界線なく調和していくような感覚と言えば、わかりやすいかもしれません。
この感覚は、親子の間でも恋愛中のカップルの間でも、スキンシップなどを通して普通に生じているものです。

この親密さに向かおうとする力は、乳幼児期にはいわゆる「アタッチメント」や「甘え」として表われ、人間関係を築く力(社会性)を発達させていくための原動力になります[2]。
保護者も(たいていは)同じように「親密さ」を求める力に駆られて、子どもを抱っこしたり撫でたりします。
その後、思春期になって生殖能力が身につくにつれて、その力は親に向かうのを止め、性欲と混じり合って他者(性的パートナー)へと向かうようになります。

早熟さというより幼さ?

児童精神科医の滝川一廣氏は最近の著書で、「子どもへの性的侵襲は、この<性>と<愛>とのつながりを根元で傷つけ、<性>がすこやかな<愛>への力へと伸びてゆく道筋をゆがめかねない」とし、性的虐待を受けた子どもにみられる性的な問題行動は「そうしたゆがみの兆候とみることができる」と述べています[2]。

しかし、性的虐待を受けた子どもに共通して性的な問題行動が表れるわけではなく、性的な問題行動のある子どもが必ず性的虐待の経験があるわけでもありません[2,3]。

身体の接触をベタベタと求めるのは、乳幼児期に愛着や甘えの経験が十分得られておらず、年長になってからそれを補おうとする行動の可能性があります。
愛着関係の発達の観点からは、早熟なのではなく、むしろ幼さの表れと理解すべき場合が少なくないというのです[2]。

今回の調査結果では、児童養護施設で子ども間の性的問題の当事者になった子どものうち、10歳未満の子どもが35%あまりを占めていました。
こうした傾向を説明するうえで、問題の範囲を性に限定するよりは、愛着形成に課題があるという見方のほうがしっくりくるようです。

キーワードは「境界線」

要因が何であれ、一緒に生活している子どもの権利を損ねるような行動は、大人が責任を持って防止しなければなりません。
「子どもたちも対応する職員も、この問題にずっと苦しんできたし、どうすると防げるのかをずっと試行錯誤し続けてきています。子ども虐待防止学会などではかなり以前から熱心に議論されているテーマだと思います。」(児童養護施設に勤務する臨床心理士)

対策を考えるうえでのキーワードは「境界線(バウンダリー)」です。
ある児童心理治療施設は、今回の調査のヒアリングに対して次のようにコメントしています([1] 48ページ)。
「バウンダリーの意識が希薄であり、自分のもの、他人のものなどといった概念が十分備わっていないのではと思われる子どもが多い。」

普段ほとんど意識することはありませんが、世の中は様々な境界線によって保たれています。
例えば、所有権が及ぶ範囲についての境界線、言っていいこと・悪いことなどの心理的な境界線、法律や校則などの社会に関わる境界線などです[3]。
こうした境界線をみんなが守ることは、不当な支配・介入を防止し、ひとり一人を守ることにつながります。

ただし、養育者との間で適切な境界線を学ぶ機会を持てなかった子どもは、そこに境界線があること自体に気付けなかったり、境界線について誤った観念を身につけてしまったりします[3,4]。

境界線を教えること(バウンダリー教育)は、本人の加害リスクと被害リスクの両方を減らすうえで大切とされています[3]。
例えば、身体のうち胸・お尻・性器などの「水着で隠れる範囲」を「プライベート・パーツ」とし、安易に触ったり見せたりしてはいけないと伝える手法があります[1,3]。
また、「アーム・ルール」は、伸ばした手がぶつかる範囲には理由なく近づかないというルールで、パーソナルスペースを明確にするねらいがあります[1]。

「家庭的」な中での対策とは

報告書によると、児童福祉施設が性的問題に対してとっている対策は「職員への研修の実施」「部屋割りや死角除去など物理的な環境の整備」「子どもへの権利意識の啓発や性教育の実施」「職員と子どもとの1対1の会話の機会の確保」「意見箱の設置、施設外相談窓口の周知」などの割合が高くなっています([1] 14,15ページ)。

ただ、性的問題への対策を強めることで、子どもと職員の間の愛着関係を損なうのではないかとの懸念があります([1] 44ページ)。
また、人手不足の中で、より家庭的な養育環境を求めて施設を小規模化していくと、密室化につながってしまうとの声もあります[5]。

厚生労働省は調査結果を分析したうえで、今年度中にマニュアルを作成することにしていますが[6]、「問題」が複合的なだけに、試行錯誤が続きそうです。

そもそも、対策は施設・里親家庭の中だけに留まるのではありません。
虐待防止や子育て支援を通じて、子どもが一般家庭で愛着関係を結び、境界線を適切に学べるよう「予防」をしていくことが、根本的な解決につながるのではないでしょうか。

社会で子育てドットコムでは、このテーマを引き続き注視していきたいと思います。

参考文献

  • [1] みずほ情報総研株式会社「平成30年度厚生労働省委託事業 児童養護施設等において子ども間で発生する性的な問題等に関する調査研究報告書」平成31年3月( リンク
  • [2] 滝川一廣(2017)「子どものための精神医学」医学書院( リンク
  • [3] 浅野恭子「子どもの性問題行動の理解と対応」現代性教育研究ジャーナル No.30 2013年9月15日( リンク
  • [4] 上岡陽江・大嶋栄子(2010)「その後の不自由」医学書院( リンク
  • [5] 毎日新聞「子ども間の性的問題、対応ノウハウが不足 分析急務」2019年4月26日( リンク
  • [6] NHKニュース「児童養護施設の子どもたちの間の性暴力など 1年で700件近く」2019年4月26日( リンク
社会で子育てドットコム編集部
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「社会で子育てドットコム」編集部では、虐待や経済的事情などの理由により親と暮らせない子どもたちを中心に、児童福祉についてニュース紹介や記事の執筆をしています。NPO法人ライツオン・チルドレンが運営しています(寄付はこちらから→ https://lightson-children.com/support/#donation )。