子どもの間で起こる「性的問題行動等」について、厚生労働省は全国の児童福祉施設・児童相談所などを対象に初の実態調査を行い、4月26日に結果を公表しました。
それによると、2017年度の1年間で、全国で約700件の報告があり、1,000人を超える子どもが当事者になっていました[1]。
私たちは、この結果をどう受け止めればいいのでしょうか。前編・後編に分けて詳しくお伝えします。
取り扱いの難しい報告書
子どもの間で起こる「性的問題行動等」に関する調査研究報告書は、厚生労働省ウェブサイトにPDF形式で掲載されています[1]。直接お読みになる場合は、冒頭の「~はじめに~」を必ず読むようにしてください。
「児童養護施設等において子ども間で発生する性的な問題等に関する調査研究報告書」https://www.mhlw.go.jp/content/000504698.pdf
この調査結果は子ども達に対する偏見や誤解を生じさせかねない内容を含んでおり、報告書内や厚生労働省による記者説明会で注意喚起がなされました。以下は報告書の「~はじめに~」のページからの抜粋です[1]。
メディア等の扱いも含め、本報告書の取扱にあたっては、子どもの尊厳と権利擁護の観点から最大限の配慮がなされるべきであり、児童福祉施設に入所中又は入所していた子どもが常に性的な問題に関与しているかのような誤解に結びつくことのないよう、慎重な配慮と対応を強くお願いするものである。
また、今回の報告書は、データに欠損値や矛盾値を含んだ「粗集計」に基づく第1次報告にすぎず、「この数値をそのまま扱うことには正確さを欠く」とされています([1] 冒頭「~はじめに~」のページと57ページ)。
この報告書がニュースで報じられると、ネットでは「男女で別部屋にすればいい」などのコメントが散見されましたが、事態はそう単純ではありません。
そこで「社会で子育てドットコム」では、報告書の数字をまとめるのではなく、調査の読み方に焦点を当ててみます。
対象になった施設等とは
今回の調査で対象になったのは、児童福祉施設(児童養護施設と乳児院のほか、児童自立支援施設、児童心理治療施設、母子生活支援施設)と、児童相談所(一時保護所)、自治体です。
子どもの年齢は、児童養護施設の場合はおおむね2歳から18歳くらいまでが一般的です。
いずれも職員が回答しており、子ども自身の回答ではありません。
調査に表れた数字はあくまで把握された件数であり、問題の発生した数とイコールではない点に注意が必要です。
里親については、管轄する児童相談所が調査票に回答しており、里親と施設の間で結果を比較するのは難しくなっています。
「性的な問題など」とは?
「子ども間で生じる性的な問題」の定義について、報告書は過去の学術研究を参照しつつ、明確な線引きがいかに難しいかを指摘しています([1] 2ページ目)。
藤岡(2006)7)は本来的に自然な性行動と侵害的な性暴力に明確な境界を設けることは困難で、むしろ連続することとしてとらえる必要があること、現行の司法的手続きの要件に該当しない場合でも、他者に危害を加える侵害的な行為については対処が必要であると指摘し、
その上で、調査の対象を「当該機関・施設等によって発見・把握された全ての事案とせざるを得ない」と結論しています。
この「問題」の定義はかなり範囲が広いもので、報告書の記述に従えば、少なくとも以下のような事例が「問題」の定義に含まれるようです([1] 2~3ページ目)。
- 口・肛門・性器への何らかの挿入行為
- 挿入行為を伴わないが何らかの直接接触があった事例
- 被写体にされた、画像・映像を SNS に曝した・曝された
- 入浴時等に裸体を再三見られる、服を脱がされる
- 性行為の目撃
- 性的な動画・印刷物など(ポルノ)を見せる
- 売春、援助交際の強要
- 具体的な行為や被害内容が不明のままの「疑い」事例
- 加害と被害の関係がはっきりしないが、何らかの指導が必要と判断された事例
- 恋愛関係の中で生じた事例
- 双方合意の上でやったと子どもが主張している事例
- 発生場所が施設の外である事例(※児童養護施設の子どもは一般家庭の子どもと同じように学校や習い事に通っています)
このように対象の範囲を広めにとった分、調査では様々な質問を用意して「問題」を多面的に捉えるというアプローチがとられています。
結果の数字を見る際には、こうした調査の前提条件を把握しておくことが不可欠です。
家庭や学校より問題を把握しやすい?
調査対象になった施設は、心理面に特性を持つ子どもや生育歴に由来する課題を持つ子どもたちを受け入れ、育てるための施設です。
そうした施設の職員は、一般家庭の親や学校の先生と比べて子ども間で生じる問題への感度が高いと考えられ、報告書はこの点にも注意を促しています([1] 冒頭の「~はじめに~」のページ)。
都内の児童養護施設に勤務する臨床心理士は、「施設内で児童間の性的問題行動が起こりうることは常識になっているので、職員が性的問題行動に過敏になることがあります。なので、通常『事故報告』として上げるよりもずっと程度の軽いものまで、今回の調査結果に含まれてしまっているかもしれません」と指摘します。
家庭とは条件が異なる
血縁関係のない、年齢層が様々な子どもが集団生活している点にも目を向ける必要があります。
きょうだいの間では問題ない行動も、こうした環境では「問題」と見なされることもあるからです。
例えば、子どもが風呂上りに裸でリビングに出てきてはしゃぎ回ることは、一般家庭でもあり得るでしょう。
しかし、血縁関係にない子どもたちが集団生活している場で、何歳までならそれが許容できるでしょうか?
裸になっている本人だけでなく、裸を見せられる側の子どもの年齢と性別も考慮すると、組み合わせが無数に生じてきます。
どこまでが許容範囲なのか、組織として統一した見方を定めるのは簡単ではありません。
他にも、よくよく考えると際どい行動というのは結構あります。例えば、比較的幼い子どもの場合、
- お医者さんごっこで聴診器を身体に当てる(当てるフリをする)。
- 男女の身体の違いを探索する。
- 同性同士でふざけて、ズボンの上から性器や肛門(のあたり)に触れる、ちょっかいを出す。
どれも現代の子どもの発達の中でごく普通に見られる行動でしょう。
しかし、よく吟味していくと、どこまでがOKなのか、何歳からNGになるのか、はっきりした線引きは難しいことに気付きます。
「年齢」でさえ、子どもの発達の進み方にバラつきがあることを考えれば、絶対の尺度にはなりません。
「性的問題は、社会的養護の世界だけで起こっているわけではなく、どこでも起こっている問題だということを忘れないで、今回の報告書を読んで欲しいと思います。」(児童養護施設に勤務する臨床心理士)
統一基準の整備を
今回の調査では、施設・自治体から国に対して、報告が必要な「性的問題」の定義など全国共通のガイドラインを整備するよう求める声が上っています[1]。
また、施設・里親にやってくる前の家庭状況などが子どもの問題行動の出現にどれくらい影響しているのか、詳しく分析する必要もあります。
厚生労働省は調査結果を分析したうえで予防策を検討し、今年度中にマニュアルを作成することにしています[2,3]。
後編の記事では、子どもの性的問題の背景にある心理的な要因について詳しく見ていきます。
社会で子育てドットコム編集部
「社会で子育てドットコム」編集部では、虐待や経済的事情などの理由により親と暮らせない子どもたちを中心に、児童福祉についてニュース紹介や記事の執筆をしています。NPO法人ライツオン・チルドレンが運営しています(寄付はこちらから→ https://lightson-children.com/support/#donation )。
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