今回は、東京都葛飾区にある児童養護施設 希望の家を訪ねて、臨床心理士で主任・治療指導担当職員を務めている長谷川順一先生にお話を伺いました。
記事「日常が持つ治療的な効果――児童養護施設で子どもが取り戻すもの」も合わせてご覧ください。
つながりを取り戻す
――コラム記事では、子どもが安心感や人間への信頼感を取り戻し、人を頼れるようになってほしい、というお話を聞かせていただきました。子どもと接するうえで、意識していることがありますか。
「希望の家では、一人に子どもにたくさんの大人が関わるということに意識して取り組んでいます。
子どもに生活担当職員(ケア職員)がついてはいますが、その生活担当職員とだけ関わるというよりは、いろいろな大人が子どもに関わって支えていくということを心掛けています。
施設で暮らしている間にたくさんの大人と関わった経験があった方が、退所後も施設職員や施設外の大人とつながっていられるのではないかなと思います。
例えば退所後に仕事や学校をやめたとしても、大人とのつながりがセーフティネットになることもあります。」
「自立を考えた時、子どもを支える人が施設の外にもいるとありがたいと思います。
資金面の手助けもとても重要ですが、それだけではなくて、困った時に子どもが相談できるとか、子ども自身が『この人が見守ってくれるから何とかなる』と思えるだとか。」
――頼る先がひとつに限られてしまうと、依存したり支配されてしまったりして、それはそれで余裕がないものです。頼る先をたくさん作れることは大切ですね。
「そういう人間関係って、単発の関わりだけでは作れないので、関わりを継続していくことが大切となる場合もあるのですが、外部の方と継続して関われる機会を提供するのは難しいところでもあります」
――子どもを支えるうえで、もちろん人間同士の相性もありますから、かなりの人数の大人が関わっていかないとカバーしきれないですよね。
「人とのつながりに支えられているっていうのは、施設の子どもに限らず、社会のどこででも当てはまることですよね。
本来、子育てはひとつの家族だけでできるものじゃなくて、親戚とか、近所づきあいとか、いろいろな人の力が合わさってできるものじゃないかと思うんです。
子どもだって、家族の中の関係だけでは行き詰ってしまうこともあります。
地域の人、近所の人、親戚の人、おじいちゃん・おばあちゃん、いろいろな人と関わる事で人として豊かに成長できるものだと思います。」
「そう考えると、虐待防止を進める上での難しさも見えてきますよね。いま家族は社会の中で孤立している状況とも言えますし、『子育ては親が責任をもってやるのが当たり前』という風潮もあり……」
――希望の家は、地域の子育てを支援する取り組みにも力を入れておられますね。虐待防止と退所者支援は、「子どもや子育てを孤立させない」という共通のテーマでつながっているんですね。
子どもの声にもっと耳を傾けられるように
――最後に、希望の家で欲しいもの、必要としているものを教えてください。
「子どもたちの支援に必要なものはいろいろとありますが……人件費や、子どもの習い事などやりたい事に挑戦できる機会を確保するための費用など、つまり子どものニーズに応えるための資金はとても必要な状況だと言えます。
ここで暮らすお子さんたちは『自分のことを見て欲しい』、『困った時にそばにいて欲しい、話を聞いてほしい』、『否定しないで欲しい、受け入れて欲しい』と思っている子も多くいます。
でも現状では人手が足りず、そうした接し方を一人のお子さんに徹底した場合、他のお子さんに関わる時間は取れなくなってしまうんです。
子どもが一番求めているのが『安心』だとすれば、職員にとってそれは丁寧な密接な関わりや見守りということになるのですが、それを十分に実現するには人手が足りていないというのが切実な現状です。」
――NPO法人ライツオン・チルドレンは「社会で子育てドットコム」の取材も含めて児童福祉施設とお付き合いがありますが、どこも人手不足に頭を悩ませているという印象です。
「人材確保の仕組みや、人材育成の仕組みも整える必要があると思います。
児童養護施設では、虐待を受けたお子さんや発達に特性のあるお子さんが増えて、職員に求められる知識や技術がかなり高度になってきています。その結果、働き続けることが難しいと感じる方もいて、働く職員へのサポートも多く必要となってきているように感じます。
また心理職に関して言えば、面接室の中で1対1でカウンセリングをするというようなトレーニングは受けてきても、クライアント(治療を受ける人)の生活の中に入っていきながら心理学の視点を活かすというようなことに関しては、大学や大学院でなかなか習わない部分でもあります。
入職した後、実地で経験を積んでもらいながら育成することが必要であり、そのような仕組みも整えていくことが必要だと感じます」
――今の児童養護施設は基本的に衣食住で困っているわけではなくて、子どもの心のケアができる大人の存在だとか、子どもがいろいろなことに挑戦できる機会だとか、そういう「目に見えない」ものを補おうとしているんですよね。
「そう言えるかもしれません。ひとり一人のお子さんのニーズはそれぞれ違うので、その分施設としても提供してあげたいものがケースごとに違ってくることになります。
お子さんによっては、一人暮らしの練習をする機会が必要な子もいますし、施設を出た後に自立して働き始めてから安定するまでの相談先やサポートが必要な子もいます。
子どものニーズに応えた上で社会に送り出すということができるようにしていきたいと思っています。」
――施設で暮らす子どもたちのニーズに応えるために何ができるのか、私たちも考えていかないといけないですね。また、他者とのつながりを見つめ直さないといけないのは、実は私たちの社会全体に当てはまることなのかなと感じました。長谷川先生、どうもありがとうございました!
社会で子育てドットコム編集部
「社会で子育てドットコム」編集部では、虐待や経済的事情などの理由により親と暮らせない子どもたちを中心に、児童福祉についてニュース紹介や記事の執筆をしています。NPO法人ライツオン・チルドレンが運営しています(寄付はこちらから→ https://lightson-children.com/support/#donation )。
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