児童養護施設(虐待・経済的事情等さまざまな理由で親と一緒に暮らせない子どもが暮らしている施設)などの子どもに、パソコンとパソコン講習会をセットで贈る取り組みがあります。
NPO法人ライツオン・チルドレンが2014年から実施している「e2プロジェクト」(イーツープロジェクト)です。
なお、NPO法人ライツオン・チルドレンは「社会で子育てドットコム」の運営法人です。
「e2プロジェクト」には、これまで25を超える企業からパソコン提供や金銭的支援をいただきました。
さらに2018年度からは、日本アイ・ビー・エム株式会社様(以下 IBM)に委託し、パソコンの回収・データ上書き消去作業、リユースの体制を強化しました。
今回は支援企業の中から森ビル株式会社様に取材をさせていただき、協力企業の視点からe2プロジェクトについてお話を伺いました。
(以下、企業・団体名は敬称略)
「知る」ことが次のきっかけに
e2プロジェクトに初めてパソコンを提供して下さった企業は、森ビルの関連会社でした。後に森ビルからパソコンを提供していただけるきっかけとなったのは、森ビルの社員、石川哲也さんとの出会いでした。
2015年、石川さんは東京青年会議所 港区委員会で児童養護施設の子どもを支援する活動の運営に携わっていました。
「イベントで出会った施設の中学3年生の子に、『高校生になったら部活は何するの?』って聞いたんです。そうしたら、『高校生になったらやっとバイトができるから、部活はやらないんだ』と。彼らが置かれた環境では、バイトしてお金を貯めないとスマホやパソコンが手に入らなかったんです。
そんなこと考えてもみなかった。ボランティア活動で施設の子どもと話して、初めて知りました。」(石川さん)
児童養護施設には中学生・高校生も多くいますが、子どもに携帯電話やパソコンを買い与える費用は行政からの予算(措置費等)に含まれていません。
多くの子どもたちで1台の共有パソコンを使っていたり、パソコンやインターネットの使用時間に制限があったりする施設も少なくありません。
その後まもなく、青年会議所の知人を通じて、都内の施設で働いていたライツオン・チルドレンの理事長・立神と石川さんが知り合うこととなります。
立神が「e2プロジェクト」を石川さんに紹介し、パソコン講習会にボランティアとして参加をお願いしました。
パソコン講習会では、児童養護施設などから参加した高校生および20代前半の卒園生が、ワード、エクセル、パワーポイントに加えて、ITリテラシーなどを2日間かけて学びます。
ライツオン・チルドレンのメンバーが講師を務め、支援企業の社員の方々にボランティアとして参加していただいています。
ボランティアには子どもとペアになっていただき、わからないことがあれば教えてあげたり、一緒にネットで調べたりします。
ランチタイムには、ボランティアは子ども達から学校やバイトの話を聞いたり、逆に子どもはボランティアから仕事の話などを聞いたりすることができます
石川さんがペアになったのは、「ワードやエクセルを学びたい」という施設の高校2年生でした。
「パソコン講習会で一緒に過ごしただけで施設の子どもについて『わかった』とは言えないけれど、1~2時間で終わらせずに半日かけてじっくり接する、それで始まることもあるんじゃないかなと思うんですよね。」(石川さん)
「パソコンを使った仕事はまだまだ増えると思いますし、パソコンはこれからも仕事の中心にあると思います。
オフィスソフトなどのスキルがあるのは将来を考えるうえで大きなアドバンテージになるはずです。」(石川さん)
2日間使ったパソコンとマウス、USBメモリなどは、講習会を修了した子どもに贈られます。
パソコンは新品ではありませんが、PC再生工場から出荷された綺麗な状態の機体で、正規の Microsoft Office がインストールされています。
e2プロジェクトでは、パソコン購入などの資金を確保するため、企業に使用済みパソコン類を提供していただき、それをリユース・リサイクル事業者に売却して得た利益を寄付として受け取っています。
「e2プロジェクト」という名前は、リユース・リサイクルが子ども支援(教育)につながる ―― eco to education の頭文字をとったものです。
その後、石川さんが森ビル社内でe2プロジェクトを紹介してくださり、2016年から使用済みパソコン類の提供が始まりました。
森ビルをはじめ多くの支援企業のおかげで、2018年に5年目を迎えたe2プロジェクトは、講習会をほぼ毎月1回のペースで開催しています。
パソコンを受け取った高校生・施設卒園生の数は、2018年7月末時点で182人。
25の児童養護施設の他に、3つの児童福祉施設から参加者がありました。
(e2プロジェクトの開催実績はこちら)
ある10代の参加者は、事後アンケートで「操作の仕方など、親切・丁寧に教えていただいてとてもわかりやすかったです。他の学園の子にも、このような講習会があることを伝えられればいいと思っています。今の社会、パソコンが使えることが必要だと思うので、今後、このような講習会に参加してほしいと思っています」と書いています。
「社会的養護(社会的支援を必要としている子どもに対して行政が提供するケア。児童養護施設を含む)に関しては、みんなが知らない、ということがキーなんだと思います。少しずつ知っていくのでもいいので、もっと多くの人に知られるようになればと思います。
それから、もっとe2プロジェクトに参加する企業が増えることを願っています。パソコンはどの企業にもあるわけですから、ただ廃棄するだけでなく、子どものために活用できたらいいですよね。」(石川さん)
「エコ」以上の意義があるリユース・リサイクル活動
森ビルでは総務部や情報システム部の方にご尽力いただいた結果、使用しなくなったパソコンが出る度にe2プロジェクトに提供していただけるようになりました。
2017年には携帯電話の全社入れ替えがあり、e2プロジェクトに大きく貢献していただきました。
さらにこの夏から、Windows 7 のサポート終了に伴ってパソコンの全社入れ替えがあり、大量のパソコンを段階的に提供してくださることになりました。
e2プロジェクトのような取り組みにパソコンを提供するにあたって、社内でさまざまなハードルがあったのではないかと思い、森ビルでパソコン類回収の窓口になっていただいている芦澤崇さんにお話を伺いました。
「何より社内への説明ですね。業務で使ったパソコンには機密や個人情報も入っていますから、特に情報流出防止、確実なデータ消去ができるのか、という観点から検討します。」(芦澤さん)
e2プロジェクトでは2018年度から、IBM(日本アイ・ビー・エム株式会社)に委託し、パソコン類の回収、データ上書き消去作業、リユースをIBMで実施することになりました。
IBMのPC再生工場リサイクル拠点「IBM日野工場リファービッシュ・センター」では、IBM グローバルスタンダードのセキュリティー基準に準拠した管理体制を敷き、国際標準化機構によるISO14001、ISO/IEC27001を取得しています。
また、パソコンのデータ上書き消去には、国内外の第三者機関の製品認定を受けた実績あるソフトウエアを使用しています。
「IBMのリファーブセンターを見学させていただき、資料もひと通り拝見しましたが、パソコンのリユースをかなりシステマチックにやっていらっしゃるなと思いました。アナログな手法とデジタルな手法を上手く使っておられました。
こうした点を社内で説明すると、それならより積極的にリユースをやろう、どうせやるならより社会的意義がある形(e2プロジェクト)でやろう、という流れになりました。
会社として判断するうえで、リユース拠点を見学させていただけたことが大きかったです。」
「使用済みパソコンはいずれにせよ処分しなければならないわけですから、e2プロジェクトに提供することにハードルはそれほど感じていません。
まず社内に説明をし、必要な決裁を取るというフローは、引き取り手がe2プロジェクトであっても一般のリユース・リサイクル事業者であっても変わらないわけですから、特別な手間はかかってはいません。」(芦澤さん)
「とはいえ、一足飛びに『積極的にリユース、積極的に社会貢献』というのはなかなか難しいかもしれません。ステップを踏むことは必要かなと。
当社の場合、かつてはパソコンを原則として物理破壊で処分していた時期がありました。通常なら回収とデータ消去の費用がかかるところを、パソコンを専門業者に売却することで、その分コストを相殺するような考え方だったと思います。
その後、パソコンを破壊せずにリユース・リサイクルが可能な形で廃棄するようになり、その状態が数年続いた後で、より積極的にリユースしていくための工夫を考えることができる段階に来たように思います。」(芦澤さん)
「信頼関係を築くことも重要です。当社は今回、社内すべてのパソコンをご提供しますが、信頼ができない相手なら全台数をお預けしたりできませんから。」(芦澤さん)
e2プロジェクトにパソコン類を提供していただく際の窓口は、森ビルでは情報システム部ですが、他の企業ではCSR(社会貢献)、総務、ITなどの部署の方にご尽力いただいています。
どの企業・どの部署でも、会社の資産であり、重要な情報が入ったパソコンを外部へ提供することに懸念を持たれるのは当然だと思います。
しかしながら、石川さんが仰っていた通り、パソコンはどこの企業でも一定の周期で入れ替える必要があります。
廃棄するにしてもリユース・リサイクルするにしても、経費がかかります。
e2プロジェクトでは、一定の条件を満たせばパソコン類を無料で回収し、データ上書き消去作業を実施しています。そしてエコ(環境保全)だけではなく、児童養護施設などの子どものIT教育につながっています。
最後に、支援企業の社員で講習会に参加した方の声を紹介します。
「児童養護施設で暮らす子どもたちの事を知れたことは大変有意義でした。彼らが自立のために自ら働いて資金をためていること、進学にあたり奨学金をもらうことに大きなハードルがあることは知りませんでした。機会均等の必要性を実感し、自分にできることがないか考えました。」
NPO法人ライツオン・チルドレンの「e2プロジェクト」では、企業の使用済みパソコン類の提供をお願いしています。
対象はパソコン、タブレット、スマートフォンです。1度の回収で30台程度かそれ以上のパソコン類があること、スペックや状態が一定以上であることなどが条件になります。
また、IBMのリファービッシュ・リファーブセンターの見学も受け付けています。
詳細についてはこちらのページをご覧ください。
【お問い合わせ先】
NPO法人ライツオン・チルドレン
メール:infolightson-children.com (お問い合わせフォーム)
ウェブサイト:https://lightson-children.com
社会で子育てドットコム編集部
「社会で子育てドットコム」編集部では、虐待や経済的事情などの理由により親と暮らせない子どもたちを中心に、児童福祉についてニュース紹介や記事の執筆をしています。NPO法人ライツオン・チルドレンが運営しています(寄付はこちらから→ https://lightson-children.com/support/#donation )。
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