今回は、東京都杉並区にある児童養護施設 東京家庭学校を訪問し、主席指導員の石井先生にお話を伺いました(全2回記事・前編)。
聞き手:立神由美子(NPO法人ライツオン・チルドレン)
編集:石井宏茂(NPO法人ライツオン・チルドレン)
※以下、敬称略
個性とグループダイナミクス
――施設内を見学させていただきましたが、個室がたくさんあって、落ち着いた生活ができそうに思いました。
本園の各ユニットには、ホール(広めのリビングのようなスペース)とキッチン、トイレ、浴室があり、子ども6人の生活がそのユニット内で完結できるようになっています。
本園では、大規模修繕時は各ユニットを10名前後で利用し、中学生以上に個室を保障することを想定していましたが、その後も段階的に小規模化し、現状では小学生以上の子どもにも個室を割り振ることができています。」
小規模化・個別化を推し進めたことで、子どもの個性や個別の事情により配慮できるようになりました。でも、その一方で、施設のみんなで食事をとる機会がなくなったり、施設全体の行事が一時は減ったりしました。
いま東京家庭学校では、暮らしの小規模化は引き続き丁寧に進めつつ、施設ならではのグループダイナミクス(集団の力)の大切さも意識したいということで、あえて全体行事を増やしています。
2017年より、夏休みに子どもも職員も全員参加の山中湖全体キャンプを開始しました。幼児や小さな子は最寄りのバス停から1時間半くらいかけて、山中湖林間寮まで歩いて行きました。私は小学生のグループを引率して、駅から20kmくらいを1日かけて歩きました。一番過酷だったのは男子だけのユニットで、高井戸の本園から自転車で出発し、キャンプをしながら西へ進んで、山中湖でみんなと合流した後は奥多摩を回って帰ってくる、ということに挑戦しました。」
子どもたちの暮らしぶりや、子ども同士の関係性の中に、きちんと家庭学校の理念が体現されていると感じているので、そこは特色として誇っていいところかなと思っております。」
リービングケアに関するニーズ:日常を抜け出し、困難に立ち向かう体験を
――ここからは現場のニーズを紹介していただき、児童養護施設について、そして東京家庭学校について理解を深めたいと思います。今回は子どもへの3段階のケア、「インケア」「リービングケア」「アフターケア」のそれぞれについて、整理してニーズを取り上げていただけるということです。
――まずは2段階目の「リービングケア」に注目したいと思います。児童養護施設は原則18歳で卒園(退所)します。「リービングケア」とは、施設を退所した後の生活を見据えて、施設にいるうちから自活訓練などの準備をすることや自分自身の将来的なキャリアビジョンを考えていくことです。東京家庭学校では、これに関してどんなニーズがあるのでしょうか。
今回のニーズ紹介の取材にあたっては、松田校長から『奥多摩地区で古民家があれば使わせてほしい』というお話が出ていました。」
――山中湖キャンプに続いて、無人島と古民家ですか…その心は?(笑)
週末や夏休みに出かけて旅館に泊まると、何でも向こうからやってもらえますが、そうではなくて、ご飯を用意するにしても自分で動かないといけない、普段の生活にあるような便利な道具もない。どんどん主体性を発揮しないと生活ができない、そういう状況を経験することが大切だと思っています。
日常の中でそういった状況を作ることはできなくても、例えば週末に出かけられる範囲にそういう体験ができる場所があると、子どもたちの成長につながると思います。
東京家庭学校から日帰りで行けるエリアということで、『奥多摩』に古民家があれば…ということですね。山中湖林間寮もいいところですが、遠い分、どうしても長期休みでないと活用しづらい面があります。」
――なるほど。無人島まで行ってしまうと本当にサバイバルになりそうな気もしますが(笑)、奥多摩の古民家は面白そうですね。自立を見据えて、普段の生活では得られないものを学びに行く、ということだと思うのですが、あえて日常から抜け出す機会を作るのはなぜでしょう。
――最近の児童養護施設では、衣食住が保障されるのはもちろん、部活ができるし、都内の施設では習い事や塾に通うこともできますね。児童養護施設の子どもに向けた招待行事も増え、いろいろな経験ができるようになりつつあると思います。
そうした児童養護施設での日常にどっぷり浸かって、施設での生活『だけ』しか知らないまま18歳で卒園すると、自立して社会に適応する時のハードルがむしろ高くなってしまうように思います。」
――園内の廊下の壁に、高校生が自活訓練の経過を画用紙にまとめたものが掲示してあって、興味深く拝見しました(下の写真)。自立した後のひとり暮らしの準備として、まず不動産屋さんに行くところから始まって、ガスや水道の契約のしかたを調べるために本屋さんに行ってみたり、電話をかけてみたり…。こういったことは、施設では「自活訓練」として積極的に教えていく必要があるということですね。
子どもや若者向けにいろんな支援があったとしても、最終的に自立するのは本人です。子どもの中に、社会生活の核となる、目に見えない力が備わっているかどうか。そのネジ1本の違いが、施設を出て社会に適応するとき、格段の違いを生んでいるように思います。
となると、施設で暮らしている間に、本人の中にいろいろなものが落とし込まれていないといけないんですね。本人の中に『スイッチがたくさん用意されていないといけない』とでも言えばいいでしょうか。
そういった力を子どもたちが見つけていけるように、私たち職員が『しかけ』を作っていかないといけないと思っています。古民家のようなものを使わせていただけると、『しかけ』をさらに増やせるかなと思います。」
――児童養護施設の子どものためにあえて「サバイバル的な体験」を選ぶというのは、意外に思われる方も多いと思います。でも、きちんと理由があって取り組まれているということが、とてもよくわかりました。「かわいい子には旅をさせよ」という諺は、現代に当てはめると「かわいい子にはサバイバル体験をさせよ」になるのですね。このような事情を理解して、協力してくださる方が現れるといいですね。
取材にご協力いただいた石井先生と、松田校長をはじめとする東京家庭学校の皆様、ありがとうございました。
後編の記事では、インケアとアフターケアに関するニーズを伺います。