児童養護施設は、虐待や経済的事情など様々な事情で親と一緒に暮らせない子どもが生活する施設です。
原則として18歳までしかいられませんが(延長あり)、施設は高校生の進路選択や退所後の生活設計をサポートしたうえで、社会へ送り出しています。
児童養護施設の高校生の進路
児童養護施設の高校生の進学率は近年、上昇傾向にあるとみられています。
それでも2017年度の進学率は3割ほどに留まり、残りの7割は就職しています[1]。
これに対して、国内の高校生の進学率は約7割なので[2]、進学と就職の割合がほぼ逆転していることになります。
進学率が低い理由はいろいろ考えられますが、ひとつは経済的なハードルです[3]。
施設を出た後に、実親を経済的に頼れないという子どもは少なくありません。
進学するとなると、基本的にアルバイトで生計を立てながら、学業と両立させる必要があります。
進学支援の仕組みは増えた
こうした現状が社会問題として認識されるようになって、近年、児童養護施設等の子どもを対象にした進学支援制度(奨学金など)が増えてきました。
国・自治体が提供する進学一時金などの他にも、企業が提供する奨学金や学校独自の制度などがあり、合わせると約150種類にも上ります[4]。
今回、東京のある児童養護施設で自立支援を担当する職員の方にお話を伺いました。
「ありがたいことに、私たちの施設にも40~50種類の進学支援の案内が届きます。
奨学金申請のシーズンになると職員は非常に忙しくて、残業や休日出勤で申請書類を仕上げます。
進学支援制度を専門で担当する職員、いわば“奨学制度コーディネーター”を創設しないといけないのではないかと思うほどです。」
複雑さというリスク
進学率は上がってきていますが、進学した後の中退率にも目を向ける必要があります。
東京都が2015年度に実施した調査では、児童養護施設を出て進学した198人のうち18%が「中途退学した」と答えました(一方、里親は16人中5人。関連記事はこちら)[5]。
子どもが希望する進路について、児童養護施設は事前に資金繰りを綿密にシミュレーションします。
進学する場合は、基本的には複数の機関から支援を受けることになり、収支や返済に関する計画を立てる必要があります。
しかし、あちこちのリソースをかき集めた分、全体の負担感やリスクが掴みにくくなるという落とし穴があるといいます。
例えば、奨学金を受給し続けるための成績要件や、返済が始まるタイミングは、奨学金ごとに異なります。
「給付型」を謳っていても、条件次第で返還を求められることさえあります。
もし成績が振るわず、基準に届かなかったら。
もし病気やケガでバイトに行けず、家計が赤字になったら。
進学支援制度が増えても、進学にはなお、一定のリスクが伴っています。
2020年度から始まる「高等教育の修学支援新制度」(いわゆる高等教育無償化)では、児童養護施設や里親などで養育されている子どもも対象になります[5]。
ただ、この制度導入に伴って、国の給付型奨学金は進学後の成績要件などが厳しくなるとされています。
自分を見つめ直す作業
施設を退所する直前の高校3年生の時期には、それまで順調だった子どもでも、不安やプレッシャーで不安定になることが少なくありません。
そんな中、奨学金の申請で「自分の見つめ直し」を求められることが、子どもにとってハードルになってしまうことがあるといいます。
「申請にあたって、今までの人生の振り返りをしたり、今後の目標を明確にしたりするよう求められます。
ただ、児童養護施設の子どものほとんどが、親からの虐待が理由で入所しているのが現状です。
自分のこれまでの人生を思い出したくない子や、なんとなく進学はしたいがはっきりとした夢は持てない子……
こうした子どもたちにとって、この申請作業すら苦痛になってしまうことも少なくないのです。
時間をかけて準備しようとしても、結局、申請を断念してしまう子もいます。」(前出の職員)
少なくとも児童養護施設・里親の子どもに特化した進学支援に関しては、審査項目や審査の仕方に配慮があってもいいように思います。
卒業後までサポートしないと…
国は、児童養護施設などを出て自立する子ども向けに、資金を無利子で貸し付ける事業を行っています[6a,6b]。
この資金は「貸付」という名目になっていますが、一定の年数、就労を継続すれば償還免除となります。
とはいえ、この条件は決してやさしいものではありません。
子どもが4年制大学に進学した場合は、大学を卒業した後、さらに5年間就労することで償還免除となります。
つまり、この貸付事業を利用した子どもについて、出身施設は最低でも9年間は密にサポートする必要が出てきます。
たしかに、施設のアフターケア(退所後の支援)に期限は設けられてはいません。
それでも、担当する職員の異動や退職を考えると、9年というのは不安を感じるほど長い年月です。
貸付を受けると、在学中は毎月の状況報告などが必要で、卒業後は就労の継続を確認するための各種書類を毎年取り揃えて提出する必要があります。
「子どもたちは学業とアルバイトに追われて、どうしても書類の準備が遅れてしまいます。
自立支援を担当する自分は、ほとんど”取立て屋”のような状態になっています。」(前出の職員)
それでも、「進学する子どもの生活費を確保する方法は限られていて、この貸付事業を第1の選択肢として検討するしかない」といいます。
結局ハードルは下がっていない?
今回お話を伺った自立支援担当の職員は、次のように訴えています。
「進学支援が増えたことはありがたいです。
ただ、選択肢が増えたように見えて、子どもたちに求められるハードルは実は高くなっているのが現状です。
自分の人生に投げやりな子や、夢をなかなか持てない子にこそ、手厚いサポートや幅広い選択肢が必要だし、“ありのままでいいんだよ”というメッセージを伝えていきたいのに……職員としてはそんなジレンマを感じています。
国・都道府県や支援団体の皆さんには、子ども自身や子どもを一番身近でサポートしている人(施設職員や里親)の目線に立って、活用しやすい進学支援の仕組みを改めて考えてみてほしいです。」
今回紹介したリスクや負担は、一般家庭の子どもが進学支援を利用する際にも当てはまる部分があります。
子どもや養育者が本当に注力すべきポイントは何なのか。そこから進学支援を考えていく必要があると感じました。
参考文献
- [1] 社会福祉法人全国社会福祉協議会 全国児童養護施設協議会 調査研究部「平成29年度児童養護施設入所児童等の進路に関する調査」
- [2] 文部科学省「平成29年度学校基本調査(確定値)」2019年12月18日閲覧 https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/1267995.htm
- [3] 東京都「東京都における児童養護施設等退所者の実態調査報告書(平成27年度)」2017年2月24日付、2019年12月18日閲覧 http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/02/24/09.html
- [4] 社会福祉法人全国社会福祉協議会 全国児童養護施設協議会「就学・就労等に係る奨学金等各種支援制度等一覧〔平成30年度調査〕」令和元年7月付、2019年12月18日閲覧 http://www.zenyokyo.gr.jp/whatsnew/h30_seidoichiran.pdf
- [5] 文部科学省「高等教育の修学支援新制度」2019年12月18日閲覧 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/hutankeigen/index.htm
- [6a] 厚生労働省「社会的養育の推進について(平成31年4月)」平成31年4月付、2019年12月18日閲覧 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/syakaiteki_yougo/index.html
- [6b] 厚生労働省「社会的養護自立支援事業等の実施について」平成29年3月31日付、2019年12月18日閲覧 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000167411.pdf